目次(下の方が新しい記事です)

1.実践柔道乱取りの位置付け
2.昨今の他種武道・格闘技の隆盛
3.柔道は実践性を備えた武道である
4.
柔道に打撃は無用?
5.余計な事は柔道を出てやれ!?
6.柔道選手の層の厚さ
7.オリンピック柔道の風潮と一本
8.柔道選手と他流格闘技大会参加
9.刺激を受けるのは海外からだけか?
10.柔道発祥より120年
11.着衣の良し悪し
12.ルールの設定について
13.ルールと実用性
14.ルールと安全性
15.ルールと独自性
16.ルールと経済性&観客主張性
17.全能柔道の提案
18.現代における武道の実践とは
19.柔道の新しい入り口として

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実践柔道乱取りの位置付け

実践柔道乱取りとは、従来の柔道乱取りに、打撃と足関節技をミックスした新しい形の柔道乱取りです。柔道界に対する新しい一つの提案であり、ルールや技術を始めこれから十分吟味していく課題はたくさんあると思っています。 我々はすべて古いものがいけないと言っているわけではなく、従来の乱取り形式も残し、精力善用、自他共栄の柔道精神は堅持した上で、この新形式乱取りを取り入れて行くべきものと考えます。現在、柔道ルネッサンスと言う運動が行われていますが、是非この運動の目玉として取り入れて頂きたいものです。この実践柔道乱取りをひとつの起爆剤として、実践柔道会は柔道の良さを社会にアピールしより一層の柔道普及に力を注ぎます。

昨今の他種武道・格闘技の隆盛

組み技を含む総合格闘技が一般市民権を得つつあり、また寝技に関しては逆輸入柔術(ブラジリアン柔術など)がかなり普及しつつある昨今、いくら言葉で語っても、これから何か武道を始めてみようと志す若者に柔道の良さを主張することは難しい事となっています。 この過渡期の今現在に柔道界は、巻き返しを画策する必要があると考えます。

柔道は実践性を備えた武道である

「柔道ってもみあってばかりで実践的じゃないから」という見た目で判断してしまう一般素人の意見があるのも事実であるし、実践性を魅力にした、総合格闘技道場や逆輸入ジュウジュツの道場に若い入門者が増え、一方、一流柔道部を除き、大学高校における柔道部の部員集めは各校大変苦労している状況があります。さらには柔道選手の多競技への流出。この状況を打破するためにも柔道界は、言葉ではなく実行を伴う策を打つべきであると考えます。 日本における総合格闘技やジュウジュツで、学べる事のほとんどは柔道では昔からやって来たことだと言うことを、ただ口に並べて主張した所で、実際には、柔道部以外の他種格闘技道場に組み技を習いに行く初心者が多数いる事実に目を向けるべきです。、柔道界の人間は「柔道は日本武道の根幹だと言う事を刷新的な行動をもって示す事が、一般に対して最大級にアピールする事と考えます。

柔道に打撃は無用?

柔道にはそもそも、突き蹴りが含まれています。当然に柔道の範疇で練習すべき課題なわけです。しかし実際は突き蹴りの稽古をしている柔道部はほとんどありません。それは乱取りや試合で「禁止」になっているからです。 型だけで残して行っても、現在までがそうであったように、大部分の柔道家にとって、付随的な技としてしか練習や研究はなされないでしょう。この事が一般から見れば、「柔道には打撃技術は無い」と言う誤解を招き、ひいては「柔道選手は打撃が出来ない」と言う一般の見解があり、実情、柔道選手の大多数が打撃をする事も防御する事も苦手になっていると考えます。

余計な事は柔道を出てやれ!?

ここ十数年間に、柔道家が始めた総合格闘技団体がいくつかあります。しかしそれは、柔道を出て行ってしまった新たな団体と一般はみています。実際は、他種格闘技団体を開いた柔道家の先生は柔道の素晴しさを知っていると思います。しかしその格闘技団体が発展を遂げることは皮肉にも、一般素人が武道を始めるに際して、柔道と言う最良の選択肢を忘れさせてしまう原因にもなっているのです。ですから、我々は出て行って新団体を設立するのではなく、柔道の中にこだわりたいのです。「柔道ってこんなに幅広いものなんだ」「柔道って実践的な技術があるものなんだ」と一般にアピールし柔道人口を増加させたいのです。

柔道選手の層の厚さ

いまのところ柔道は、世界において、他種格闘技・武術に大きな溝をあけて、競技人口のトップにいます。日本においても、他の格闘技には簡単には、追いつくことが出来ない選手層の厚さを誇っています。県代表レベル以上の柔道選手の身体能力、練習の量と質、技術習得度、精神力どれをとっても、国内における他の格闘技の超トップレベルの選手の域と同じだと我々は考えています。したがって今までの乱取りに突きや蹴りが加えて認められたとしても、トップクラスの柔道選手が対策を練った上で出場した場合、柔道の技術を十分学ばずに出場して来た空手やボクシング出身の選手にこの新しい乱取り試合で、苦杯を嘗めることは殆ど無いと考えられます。誤解が無いように付け加えますが、投げ技や固め技が認められ、柔道技術が発揮できる状況下の事であり、空手やボクシング技術を軽んじているのではありません。柔道界最大の利点の一つである現状の層の厚さが今後も続くか否かは、一般社会に対して如何に柔道の存在をアピールしていくかに懸かっているのです。

オリンピック柔道の風潮と一本

昨今の、オリンピック柔道は、点の取り合いに重要性が移り、一本で投げる、または固める、と言う本来の柔道の姿から離れている部分が本流になりつつあり、本来の魅力を損なっています。 一般に語られている、この柔道魅力減退の理由は、一本取りに行くと言う精神が欠如しているからだと考えられています。しかしそうは言っても、目の前の勝負にこだわりたくなるのも人情。受けの強い選手が相手では一本狙いの技はなかなか掛からない。「細かい技でもいい」「有効でも欲しい」と思うのが一般選手での実情。 より一層柔道の良さをアピールするには、日本主導の思い切った練習体系の革新が必要であると考えます。そこで我々は、「なかなか崩れないから有効や効果を狙った技を出そう」とするのではなく、「崩すための技や一本取れる技をもっと認められても良いのでは」と考えた訳です。柔道はもともと突き、蹴り、投げ、絞め、関節技を含む総合武道です。 柔道には現在行われている乱取りよりも広い技術体系が含まれています。ですから、その柔道の持つ広い技術体系を乱取り練習や試合に組み込めないかと考えた訳です。

柔道選手と他流格闘技大会参加

実際、全日本柔道選手権者がサンボの全日本選手権者であると言うこともありました。反対に今年の柔道都民大会では決勝戦まで、修斗と言う総合格闘技の選手が決勝まで勝ち進んだという事です。これは何を意味するのか、柔道界は十分考慮すべき問題です。柔道創生から現在にかけては、柔道は選手の層の厚さを武器に、サンボやレスリングなどの他種格闘技に出場し、勝利を収めてきました。しかしこれからは、その柔道が、逆に負かされる立場になって行く予感を感じさせます。10年前に、このように空手やレスリング出身の選手が、柔道の大会で決勝まで勝ち進む事があったでしょうか?このように、総合格闘技の選手が、柔道大会で好成績を収めているのは、実は都民大会に限った事ではありません。東京都の市町村大会にも、昇段審査会にも総合格闘技の選手が来て純粋柔道の選手を負かしているのを、我々は何度も見てきています。今は柔道界は、格闘技武道界における大国です。こまかい格闘技流派は無視しておけばいいのでしょうか?かつての中国の大帝国の清の様に、打つ手無く、滅んで行ってしまうのではないかと危惧してしまいます。

刺激を受けるのは海外からだけか?

 かつては、柔道は日本のお家芸と言われ、ほぼ全戦全勝、日本柔道界は海外から学ぼうとする事は殆ど無かったようです。しかし近年、日本人が世界チャンピオンになるのは難しい事になっています。それと同じような事が、日本対外国ではなく、講道館柔道対他種格闘技で起こりつつあるのです。近未来において、他種格闘技の選手が全国大会レベルの柔道大会で1勝を収める日が来るでしょう。その時その格闘技団体は「講道館の専門柔道選手よりウチの選手が柔道をやっても強い。ましてや、ウチのルールじゃ講道館の選手じゃ勝てないよ。」と言うに違いありません。その時は、講道館柔道の大会が、他種格闘技の入門者を増やす為の広告に使われてしまいます。実際、現在でも他種格闘技道場から、昇段審査に来て、柔道の黒帯を取り「ウチの格闘技で十分柔道黒帯が取れる」と言っているのです。この道場やその道場の門弟にとっては、講道館柔道はただの検定所です。柔道関係者には不愉快な話です。しかし彼らの方が優れている点もあります。それは、他種武道だからと言って馬鹿にせず、素直に柔道をはじめ各種武道の技を盗み、そして又、昇段審査などを自分たちの技術の比較に使って居 る点です。柔道界は他種武道を無視し、技術の輸入をしようとする姿勢が殆ど無いと感じます。その点柔道界は鎖国しているようなものです。


柔道発祥より120年

この武道界における超安定政権は、講道館創設当時より加納先生の100年の大計があったからだと痛切に感じます。しかし世界中のスポーツ研究の発達目覚しい現在、その威光も届かないところが出てきたのではないでしょうか?事実、ブラジリアン柔術等は明らかに講道館柔道の技術を基礎に発達したものです。しかしその道場で「講道館柔道の真の目的は人間形成だ」と怒鳴ってみたところで、「我々は講道館とは関係ありません」と言われてしまうでしょう。技を通じて人間形成を目的とする事が柔道の真の目的ではありますが、前段階である「技」の部分で他流格闘技に魅力負けしてしまえば、その後の人間形成もありません。


着衣の良し悪し

柔道の大きな特徴の一つに、柔道着をきると言う事があります。鎧組打ちなどから発達した日本の柔術、その各流派の優れたところを集め、危険なところを除き、工夫と研究を加えて出来た技術が講道館柔道であると言う歴史がある以上、裸で柔道と名乗る方が不自然です。柔道と名乗る以上、着衣での技術を持つべきです。また護身術として考えた場合でも、裸で街を歩いている人はいません。したがって、着衣での技術も方がより実践的だと考えます。ただし実際は、柔道着ほど丈夫な服を着ているわけではありません。また寝技などにおいては直接、腕や足を掴んだほうが、有効な場合も多々あります。幅広い技術を身に着けるためには柔道着を脱いで練習する必要もあると考えます。しかし120年かけて発達した柔道技術に照らし合わせた時、技のバリエーションが減ってしまいます。たとえば裸では巴投げなどは非常に難しくなってしまうので、柔道着を着ないルールをメインに据えることは、実践柔道会としては避けて行きたいと考えています。

ルールの設定について

実践柔道ルールを設定するにあたって、いくつかの満たすべき条件を作ってみました。それは、1、実用性。2、安全性。3、経済性。4、対観客主張性。5、柔道の独自性。以上の5つを考えてみました。当然すべてを完璧に満たすルールは有り得ません。どれかの比重が重いルールになってしまうでしょう。ですから現在の実践柔道ルールは発展途上なものです。不完全なルールを世に送り出して、無責任なやつだと思われる方もいらっしゃるでしょう。しかし、新しいルールを提示することにより、より良いルールを作るためのたたき台として、また、国際ルール、国内ルール、高専柔道、少年ルールなどに続く、新しい世代の柔道スタイルとして、きっと何らかのうねりを起こしてくれるでしょう。ですから我々は出来るだけ多くの方に実践柔道ルールを普及して行きたいのです。またこのルールについて考えた事を以下に細かく解説するつもりです。

ルールと実用性

武道における実用性とは、実際に護身に使えるかと言うことです。従来の柔道乱取りの試合でも、実用性はあると考えます。しかし従来の乱取りルールだけでは投げ技に偏った研究しか行わない柔道部が非常に多く、寝技ですら満足に出来ない黒帯選手が増えている現状です。また現在においてこれだけ、総合格闘技が一般に受け入れられているこの状況下で一般に対して投げ技の魅力だけを頼りに実用性をアピールをするのは困難であると考えます。この新しい乱取りでは、投げ技につながる様な突き蹴りを導入し、また寝技の重要性を高めることにより、幅の広い技術を身に着けやすいルールとすることが肝心と考えています。投げ技や寝技に入る為の崩し方や連絡がより多彩になる事に因り、実用性がより高まると考えています。そしてまた突き蹴りを主体とする格闘技に対してや実際の護身術としても柔道選手が十分技術が発揮できるものとするべきです。したがって極力、禁止技を少なくしたいのです。しかしこれは安全性と相反する事柄です。また実用性を追及するあまり「何でも有り」という訳には行きません。これでは柔道の特徴である投げ技固め技が強調されたルールとは言えません。つまり 実用性と安全性、そして柔道の独自性を完全に満足する乱取りは有りえない訳です。だからと言って「何もせず従来通り」ではなく、十分吟味を繰り返し、実用性と安全性、柔道の独自性の最大公約数を取り、最善のルール作りに挑戦して行きたいと考えています。

ルールと安全性

我々が1995年より、実験を重ねた結果。首から上ヘの腕による打撃を禁止する事と、クッションサポーターを膝、脛、拳に着用する事及び金的カップをつける事により、打撃による事故は激減しています。もちろん、打撃の受けや捌きを稽古することがもっとも肝要です。顔面への手による攻撃を禁止することは実用性から反した事だと思いますが、高度な打撃の技術が必要とされる顔面への攻防は、初心者が組み技と平行して学ぶのは困難であると判断しています。顔面へ手によるの攻撃はかなりの実用性があり、それだけの技術に終始してしまう恐れもあり、柔道の独自性と言う観点からも導入には慎重にならざるを得ません。しかし顔面パンチが効く技術である以上、ある程度の柔道の技術を身に着けた上級者は学ぶべき課題だと思います。危険だという理由で一つの技をルールで消し去る事は容易ですが、その前に一つの技を禁止することによって及ぼされる選手の技に対する研究心や技の自由度に、いかなる影響が出るかは配慮すべきであると考えます。

ルールと柔道の独自性

やはり柔道の技術を競う乱取り大会である以上、投げや固めが主体の技術となるように考えたいです。我々の実験によると顔面へ手による打撃を禁止することにより、掴むタイミングは比較的多く、離れた間合いでの突き蹴りに終始する事はほとんどなくなっています。実際、腹への突きで相手をKOするのは難しいので、投げたり、寝技に入ったりする方が楽な様です。投げ技への偏重を正す為に投げ技での一本は廃止。最大、技有りとしました。また、寝技での技術展開の一環として、押さえ込みは有効までとし、抑えた上での相手を極めて行く技術の研鑽に期待しました。したがって、国際ルールの試合のように寝技での技が展開しているのに、サッサと待てがかかるような事はないように配慮します。また、顔面パンチなどの上段に対する腕の打撃を禁止することにより、打撃のみに終始することはない様になっています。理想としては立ち技と寝技の両方が充分に出来る選手を育てるようなルールにしたいのです。

ルールと経済性&観客主張性

たくさんの人たちに普及するためには、高価な防具や施設が必要ない様に配慮すべきです。したがって柔道をしていれば、それほど高価な防具を買わずとも練習できるようにしたいのです。特に学生に普及するにはこの事は非常に大切な要因だと思います。また、施設は普通の柔道場でできるようにルールを設定するべきだと考えます。安全性、実践性、柔道の独自性よりは重要ではありませんが、観客に対する主張性も留意して作るべきだと思います。従来の柔道試合を目の肥えていない一般素人が見た場合、柔道の真の攻防である、崩しやタイミング作りは、はっきり言って理解は難しいものです。緻密で細かい組み立ては、素人には分かりにくいものです。しかし、技が決まっている瞬間は、誰でもわかる豪快さがあります。また組んでからの膠着状態もあまり見ている側としては面白くありません。面白くないから指導や注意の反則を取って行くとすると、極端な話、オリンピックの様に、実際の技よりも、反則を取らせる方が重要な場面も出てきてしまうのでは無いでしょうか?そこで、考えるべき新しい乱取りは、組際での攻防が充実し、また一本取れる技やタイミングが増加する様に作る事が望ま しいと考えます。観客主張性が増加することは、兎にも角にも柔道人口増加の役にたつと考えます。ゆくゆく柔道のプロ化が進んでいくでしょうから、その場合、観客主張性はより重要なファクターになりうると考えます。しかしアマチュア競技の範疇では、安全性、実践性、柔道の独自性をないがしろにする事は避けるべきだと考えます。


全能柔道の提案

立ち技が主流の現代柔道ですが、柔道を続けるのあたって、寝技を練習しないのは柔道の半分の魅力を捨てているようなものです。立ち技が得意な選手、寝技が得意な選手、色々な選手がいていいとは思います。しかし片方だけを練習するのは、あまりに可能性を断ち切ってしまいます。たとえば、寝技を練習しないということは、寝技が出来ないだけではなく、立ち技から寝技のツナギ技の練習をも全てやらないことになってしまいます。乱暴な言い方をすれば、寝技や立ち技の片方ばかりやっているのは、柔道の可能性の3分の1しか練習していないことになります。柔道の理想はやはり「立ってよし寝てよし」なのではないでしょうか?また実践柔道では打撃を認めています。これは、単に空手やボクシングの技術を真似るだけを期待しているのではありません。打撃から投げ技、また打撃から寝技へのツナギ技の研鑽に期待をしているのです。多少の打撃を認めることにより、投げ技や寝技へのツナギ技が多様になり、ますます柔道の可能性を楽しめると言うわけです。実践柔道会は「打ってよし組んでよし寝てもよし」の全能柔道を提言します。

現代における武道の実践とは

武道を実践して得られる事は、まず実際に肉体や技術を鍛え護身術が強くなること。そしてその結果精神的に強くなることが、よく挙げられます。しかしその為には、稽古を続けられる事が前提になってきます。社会人が武道を実践するためには、稽古の内容に社会性が求められてくるのです。荒い稽古を何日間も続けてやる。たしかに強くなるでしょう。武士ならば戦うのが仕事でしたから、それで良かったと思います。現代の武道家は精神は武士だとしても、毎朝通勤電車でゆられ、また交通渋滞に巻き込まれながら職場に行き、事務や営業、技術職など普通の社会人と同じ仕事をしています。同じように学生は一生懸命学業に精を出すべきです。そういった状況下、本業に多大な悪影響を及ぼすような激しい稽古だけと引き換えにしか強さを手に入れなれない。果たしてこれは現代の求められる護身術なのでしょうか?先に失職してしまっては元も子もありません。現代武道の稽古には、安全性も然ることながら、本業とのバランスと言うジレンマを内包しているのです。

柔道の新しい入り口として

来年で実践柔道の稽古を始めて足掛け10年になります。大学柔道部が母体の練習メンバーですが、普通の柔道部の稽古とは違った面があります。それは空手や合気道などの他種武道の方が頻繁に稽古に見えるという事です。なぜ他の武道の方が顔を出すのでしょうか?実践柔道は他種武道が得意とする技も認めていると言うのが一因していると思います。ある大学生は柔道はやったことが無かったのですが高校時代はフルコン空手の上級選手で、空手の技が使えると聞いて、我々の稽古に顔を出しました。当然ですが打撃のみの乱取りでは彼が柔道の選手より優位に立ちました。しかし投げを含んだ立ち技の乱取りに入ったとたんに打撃も出せなくなってしまったそうです。空手の稽古をもっとしようと思ったと同時に柔道の稽古も始めようと考え、自分の通う大学の柔道部に入部して柔道を本格的に始めたそうです。誠にいい話です。実践柔道の稽古に来る他種武道選手の多くは結果として投げ技と寝技の両方が重要なんだと言うことに気づきいわゆる従来の柔道の練習にも積極的に取り組んでくれています。見た目では単に乱取りで使える技の幅を広くしただけの事かもしれませんが、柔道に触れる機会の 幅を増やした事になったのは喜ばしい事です。



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